今日は台風の影響で荒れ模様のお天気でしたが、県内は大した被害がでなかったようですが、期待していた水不足解消が出来たのかどうなのかは怪しい所です。やっと、週末ですが、明日も仕事だったりします。さて、今日はさださんの『夢』を取り上げたいと思います。

『あなたの腕の中が 狭くなった訳ではなく私があなたの夢を閉じ込める♪』

この楽曲は、1985(昭和60)年3月25日に発売された、さだまさしさんのシングル『 軽井沢ホテル』のB面に収録された楽曲です。このシングルはシングル・チャ−トで最高33位を獲得され、1.7万枚をを売り上げたようです。因みにA面の『 軽井沢ホテル』は2ndまさしんぐWORLDコンサート舞台劇「軽井沢スイート」主題歌だったようです。さださんも色々な事をされていたのですね。
楽曲の内容は、『あなた』の夢の為には『私』が足かせになっているのではないかと思った主人公が別れを決心されたと言うもののようです。『あなたの夢』が何なのかは歌詞には出て来ませんが、楽曲の主人公の『私』は心優しい方なのでしょうね。男女が別れる理由は様々ですが、相手の為に、自分が別れを切り出すと言うのはなかなか出来ない事ではありますよね。
『夢ならいつか覚めるよと 笑ったあなたが哀しかった 優しすぎたら届かない♪』

楽曲のタイトルにもなっている『夢』と言う単語には、睡眠中に起こる体感現象の一種としての『夢』と将来に対する希望・願望を指す意味での『夢』がありますが、この歌の場合は後者の意味合いで作られているように思います。上に引用させて頂いた歌詞の『あなた』の台詞は両方をかけて居られるのでしょうねニンベンに夢と書いて『儚(はかな)い』と言う漢字になりますので、人間の夢は儚いものかも知れないですね
夢を実現する為には、様々な障害を乗り越えなければいけないでしょうし、、時として他人を犠牲にしなけれな成しえない事もあるでしょうから 、上に引用させて頂いた歌詞にあるように、優しすぎたら夢の実現には遠くなるかも知れませんよね。楽曲の『あなた』は夢を諦めた訳では無く、優しい心の持ち主だったのでしょうね。両立が出来るのが一番なのでしょうが、その辺りの兼ね合いが難しいような気がします。
『人は誰でも不器用で 悲しくなる位不器用 でけれども誰にも夢があり ♪ 』

元々この楽曲は1985(昭和60)年に、さださんのコンサートに岩崎宏美さんがゲスト出演の際、岩崎さんのためにさださんが書き下ろされた楽曲で、2001(平成13)年9月21日に発売された、岩崎さんのマキシシングル CD『夢』にも収録されています。このCDにはこの楽曲の他、大貫妙子 さん作詞作曲の『風の道』 阿久悠さん作詞、馬飼野康二 さん作曲の『この広い空の下』が収録されているようです
子供の頃は色々な夢や希望を抱いていた訳ですが、この頃はそんなことすら考えなくなってしまいました。現実を知ると言うのは年老いて行くと同義語かも知れないと思う今日この頃です。ただ、上に引用させて頂いた歌詞にもある様に人間、ささやかでも夢があるから生きていける訳で、それすら失ったら社会全体が活気をなくしてしまうでしょうね。さだまさしさんの『夢』はyoutubeでこちらから聴く事が出来ます。

『あなたの腕の中が 狭くなった訳ではなく私があなたの夢を閉じ込める♪』

この楽曲は、1985(昭和60)年3月25日に発売された、さだまさしさんのシングル『 軽井沢ホテル』のB面に収録された楽曲です。このシングルはシングル・チャ−トで最高33位を獲得され、1.7万枚をを売り上げたようです。因みにA面の『 軽井沢ホテル』は2ndまさしんぐWORLDコンサート舞台劇「軽井沢スイート」主題歌だったようです。さださんも色々な事をされていたのですね。
楽曲の内容は、『あなた』の夢の為には『私』が足かせになっているのではないかと思った主人公が別れを決心されたと言うもののようです。『あなたの夢』が何なのかは歌詞には出て来ませんが、楽曲の主人公の『私』は心優しい方なのでしょうね。男女が別れる理由は様々ですが、相手の為に、自分が別れを切り出すと言うのはなかなか出来ない事ではありますよね。
『夢ならいつか覚めるよと 笑ったあなたが哀しかった 優しすぎたら届かない♪』

楽曲のタイトルにもなっている『夢』と言う単語には、睡眠中に起こる体感現象の一種としての『夢』と将来に対する希望・願望を指す意味での『夢』がありますが、この歌の場合は後者の意味合いで作られているように思います。上に引用させて頂いた歌詞の『あなた』の台詞は両方をかけて居られるのでしょうねニンベンに夢と書いて『儚(はかな)い』と言う漢字になりますので、人間の夢は儚いものかも知れないですね
夢を実現する為には、様々な障害を乗り越えなければいけないでしょうし、、時として他人を犠牲にしなけれな成しえない事もあるでしょうから 、上に引用させて頂いた歌詞にあるように、優しすぎたら夢の実現には遠くなるかも知れませんよね。楽曲の『あなた』は夢を諦めた訳では無く、優しい心の持ち主だったのでしょうね。両立が出来るのが一番なのでしょうが、その辺りの兼ね合いが難しいような気がします。
『人は誰でも不器用で 悲しくなる位不器用 でけれども誰にも夢があり ♪ 』

元々この楽曲は1985(昭和60)年に、さださんのコンサートに岩崎宏美さんがゲスト出演の際、岩崎さんのためにさださんが書き下ろされた楽曲で、2001(平成13)年9月21日に発売された、岩崎さんのマキシシングル CD『夢』にも収録されています。このCDにはこの楽曲の他、大貫妙子 さん作詞作曲の『風の道』 阿久悠さん作詞、馬飼野康二 さん作曲の『この広い空の下』が収録されているようです
子供の頃は色々な夢や希望を抱いていた訳ですが、この頃はそんなことすら考えなくなってしまいました。現実を知ると言うのは年老いて行くと同義語かも知れないと思う今日この頃です。ただ、上に引用させて頂いた歌詞にもある様に人間、ささやかでも夢があるから生きていける訳で、それすら失ったら社会全体が活気をなくしてしまうでしょうね。さだまさしさんの『夢』はyoutubeでこちらから聴く事が出来ます。
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台風の影響でしょうか?今朝から雨が降ったり止んだりのお天気です。天気予報によると木曜まで雨が続きそうです。渇水の折、非常に有難いのですが、他への被害が大きい事も考えると、手放しには喜べそうにないです。・・さて、今日は敬老の日という事ですので、内容がかなり重いのですがさだまさしさんの『空蝉』を取り上げたいと思います。
『名も知らぬ駅の待合室で僕の前には年老いた夫婦♪』

この楽曲は、1979(昭和54)年4月10日に発売されたアルバム『夢供養』に収録された楽曲、作曲がさださんによる作品です。楽曲のタイトルの『空蝉』とは『うつせみ』と読みます。『源氏物語』に登場する人物名や能の演目にもあるようですが、元々は古語の「現人(うつしおみ)」が訛ったもの、転じて、生きている人間の世界を指すようです。
上に引用させて頂いた歌詞には『名も知らぬ駅』とありますが、初めて来た駅であったとしても、そこから何処かへ行く為に訪れたのでしょうから、名前を知らないと言うよりは初めて知った駅と言う方が正確ですよね。歌詞を読んでみると一人称である『僕』が主人公ではなく、目の前にいる『年老いた夫婦』がこの楽曲の主人公のようです。
『いくつもの物語を過ごして生きて来た今日迄歩いて来た♪』

その昔、さださんが映画『長江の』の撮影の為に、中国に渡られて居た時に、地元の中国の新聞が『日本の若者が高齢化問題についての歌を作った』と言う報道があったという内容の記事を何かの雑誌で読んだ事があります。勿論、この若者は、当時のさださんの事で、その歌と言うのは、この楽曲だったような記憶があります。
長寿社会と呼ばれて久しくなりますが、上に引用させて頂いた歌詞にあるように、一組の夫婦が年をとるまで、夫婦であり続ける確率と言うのはどれ位あるのでしょうかね。長生きをしても、お互いの看護疲れや将来の不安から夫が妻を、妻が夫を殺害すると言う報道を見聞する度に、周りで何とか出来なかったものかと思います。
『すまなそうに駅員がこう告げる もう汽車は来ません♪』

楽曲の内容は、都会へ行った息子が、迎えに来るのをずっと待たれている老夫婦の様子を、『僕』の視点から描かれたものです。上に引用させて頂いた歌詞には、駅員さんの様子と言葉があるのですが、それから推察すると、このご夫婦は、今日だけでなく毎日のように、駅に来られているのでしょうね。駅員さんの優しさを感じます。
『僕』が、終電が終わるまで駅にいたのは、この老夫婦の事が気になっていたのかも知れません。この楽曲について調べて居ましたら、こちらのサイト様でこの楽曲についての分析をされている方が居られました。私の解釈とは違いますが、中々興味深いい解釈をされているようです。さださんの『空蝉』はyoutubeではそちらから聴く事が出来ます。
『名も知らぬ駅の待合室で僕の前には年老いた夫婦♪』

この楽曲は、1979(昭和54)年4月10日に発売されたアルバム『夢供養』に収録された楽曲、作曲がさださんによる作品です。楽曲のタイトルの『空蝉』とは『うつせみ』と読みます。『源氏物語』に登場する人物名や能の演目にもあるようですが、元々は古語の「現人(うつしおみ)」が訛ったもの、転じて、生きている人間の世界を指すようです。
上に引用させて頂いた歌詞には『名も知らぬ駅』とありますが、初めて来た駅であったとしても、そこから何処かへ行く為に訪れたのでしょうから、名前を知らないと言うよりは初めて知った駅と言う方が正確ですよね。歌詞を読んでみると一人称である『僕』が主人公ではなく、目の前にいる『年老いた夫婦』がこの楽曲の主人公のようです。
『いくつもの物語を過ごして生きて来た今日迄歩いて来た♪』

その昔、さださんが映画『長江の』の撮影の為に、中国に渡られて居た時に、地元の中国の新聞が『日本の若者が高齢化問題についての歌を作った』と言う報道があったという内容の記事を何かの雑誌で読んだ事があります。勿論、この若者は、当時のさださんの事で、その歌と言うのは、この楽曲だったような記憶があります。
長寿社会と呼ばれて久しくなりますが、上に引用させて頂いた歌詞にあるように、一組の夫婦が年をとるまで、夫婦であり続ける確率と言うのはどれ位あるのでしょうかね。長生きをしても、お互いの看護疲れや将来の不安から夫が妻を、妻が夫を殺害すると言う報道を見聞する度に、周りで何とか出来なかったものかと思います。
『すまなそうに駅員がこう告げる もう汽車は来ません♪』

楽曲の内容は、都会へ行った息子が、迎えに来るのをずっと待たれている老夫婦の様子を、『僕』の視点から描かれたものです。上に引用させて頂いた歌詞には、駅員さんの様子と言葉があるのですが、それから推察すると、このご夫婦は、今日だけでなく毎日のように、駅に来られているのでしょうね。駅員さんの優しさを感じます。
『僕』が、終電が終わるまで駅にいたのは、この老夫婦の事が気になっていたのかも知れません。この楽曲について調べて居ましたら、こちらのサイト様でこの楽曲についての分析をされている方が居られました。私の解釈とは違いますが、中々興味深いい解釈をされているようです。さださんの『空蝉』はyoutubeではそちらから聴く事が出来ます。
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今日は1992年が国際宇宙年だったことを記念して、科学技術庁や文部省宇宙科学研究所などからなる日本国際宇宙年協議会が日本にとってふさわしい宇宙の日を公募し、毛利衛さんがスペースシャトルで宇宙へ飛び立った9月12日が選ばれたそうです。今日のラストは、さださんの『 夜間飛行〜毛利衛飛行士の夢と笑顔に捧ぐ〜 』で締めたいと思います。
『夕べ風になった夢をみた僕はまだ少年のままだった♪』

この楽曲は1992(平成4)年 11月10日に発表されたアルバム『ほのぼの』に収録された楽曲です。サブ・タイトルをご覧頂いてもお判り頂けますように、この楽曲は日本人で初めて宇宙に旅立たれた毛利衛さんへの羨望と夢、そして毛利さんの成功を祝うために作られた作品だったようです。
上に引用させて頂いた歌詞からすると、楽曲の主人公は風になった夢を見られたようです。私も色々な夢をみて、そのうちの幾つかをブログで紹介させて頂いた事がありますが、流石に風になった夢は観た事はありません。幽体離脱して魂だけの状態に近いのでしょうか?
『そうだ思いだした子供の頃ほんとうに空を飛んだことがある♪』

通常、夜間飛行と言えば、飛行機での夜間飛行を連想する訳ですが、楽曲の主人公が見られた夢が夜に見た夢だったから、からそんなタイトルにされたのでしょうかね。それとも、宇宙は真っ暗ですから、まるで、飛行機で夜間飛行をしているように思うのでそう付けられたのでしょうか。
上に引用させて頂いた歌詞には子供の頃に実際、空を飛んだ記憶について書かれています。子供の頃の記憶と言うのは曖昧で、時として、夢の中の出来事や妄想と重なる事があります。記憶は嘘をつく事があるので、記憶違いをされているか、何かで飛んだ事を勘違いされているのかも知れません。
『夜空にはリンドバーグ相対性の煩悩仕事疲れの場合じゃない♪』

昔、子供のなりたい職業で、宇宙飛行士と言うのが、かなり、上位に位置していた記憶があります。でも、現実には世界的にみても、宇宙飛行士になられた方は多くないですよね。未知なる世界への憧れが昔の子供にはあったのかも知れません。さださん自身もなりたかったのでしょうね。
上に引用させて頂いた歌詞には、・リンドバーグやアインシュタインを象徴する語句や名前が出て来ます。これ以外にも宮沢賢治先生の作品名も出てきたりします。夢は夢であっても夢を見る事の大切さを歌われているような気がします。残念ながら試聴サイトを見つける事は出来ませんでした・
『夕べ風になった夢をみた僕はまだ少年のままだった♪』

この楽曲は1992(平成4)年 11月10日に発表されたアルバム『ほのぼの』に収録された楽曲です。サブ・タイトルをご覧頂いてもお判り頂けますように、この楽曲は日本人で初めて宇宙に旅立たれた毛利衛さんへの羨望と夢、そして毛利さんの成功を祝うために作られた作品だったようです。
上に引用させて頂いた歌詞からすると、楽曲の主人公は風になった夢を見られたようです。私も色々な夢をみて、そのうちの幾つかをブログで紹介させて頂いた事がありますが、流石に風になった夢は観た事はありません。幽体離脱して魂だけの状態に近いのでしょうか?
『そうだ思いだした子供の頃ほんとうに空を飛んだことがある♪』

通常、夜間飛行と言えば、飛行機での夜間飛行を連想する訳ですが、楽曲の主人公が見られた夢が夜に見た夢だったから、からそんなタイトルにされたのでしょうかね。それとも、宇宙は真っ暗ですから、まるで、飛行機で夜間飛行をしているように思うのでそう付けられたのでしょうか。
上に引用させて頂いた歌詞には子供の頃に実際、空を飛んだ記憶について書かれています。子供の頃の記憶と言うのは曖昧で、時として、夢の中の出来事や妄想と重なる事があります。記憶は嘘をつく事があるので、記憶違いをされているか、何かで飛んだ事を勘違いされているのかも知れません。
『夜空にはリンドバーグ相対性の煩悩仕事疲れの場合じゃない♪』

昔、子供のなりたい職業で、宇宙飛行士と言うのが、かなり、上位に位置していた記憶があります。でも、現実には世界的にみても、宇宙飛行士になられた方は多くないですよね。未知なる世界への憧れが昔の子供にはあったのかも知れません。さださん自身もなりたかったのでしょうね。
上に引用させて頂いた歌詞には、・リンドバーグやアインシュタインを象徴する語句や名前が出て来ます。これ以外にも宮沢賢治先生の作品名も出てきたりします。夢は夢であっても夢を見る事の大切さを歌われているような気がします。残念ながら試聴サイトを見つける事は出来ませんでした・
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8月も今日で終わりになる訳ですが、昨日の天気予報は何?と思う位に快晴の一日でした。さて、今日は「や(8)さ(3)い(1)」の語呂合せで、全国青果物商業協同組合連合会など9団体の関係組合が1983(昭和58)年に制定された『野菜の日,ベジタブルデー』だそうです。これに因みまして今日はさださんの『聖野菜祭(セント・ヴェジタブル・デイ) 』を取り上げたいと思います。
『聖野菜祭(セント・ヴェジタブル・デイ) 』とは、さださんが考えられた架空の祝日で、舞台は遠い未来のとある国です。ここでは、地下資源が殆ど枯渇し、「お金」が無価値となり、その代わり生鮮食料品の貯蔵率が貧富の基準となっているようです。
『僕の故郷すてきな町第三階層 今日は年に一度の聖野菜祭♪」

この楽曲は1980(昭和55年)年10月10日に発売された、さだまさしさんのソロ5枚目のオリジナル・アルバム『印象派』に収録された楽曲で、作詞、作曲がさださんによる作品です。聖○×祭 と言うのは良く聞きますが、通常、 ○×の部分はキリスト教の聖人名が入る事が多いのですが、聖野菜祭 は、実在する記念日ではなくさださんの想像上の記念日の事を指します。
楽曲の内容は、地下資源が殆ど枯渇した未来の国の事を歌われているようです。上に引用させて頂いた歌詞に出て来る『第三階層』は『レベルスリー』と読ませていますが、第何階層まであるのかは判りませんが、ここでは個人の職業によって居住区が制限されていると言う設定になっていて、一年に一度の『聖野菜祭』だけは、階層を越えた交流が許可されていると言う設定です。
『僕の恋人が住んでいるのは第二階層 人は身分が違うっていうけれど♪』

現代の日本において、表だって身分の違いを言う事は少なくなりましたが、この未来の国では身分がはっきりと分けられていて、楽曲の主人公の男性の恋人は彼より身分が上であると言う設定になっているようです。『早く出世して偉くなって♪ 』と言うフレーズがある事から考えるとここでは身分は固定化されたものではなく、努力で上に上がる事も可能なようです。
今、考えるとこの時代に凄い楽曲を作られたものですよね。この当時は、単なる冗談、お遊びの楽曲だと思っていたのですが、近年、やれ、どちらが上だとか下だとか表立って差別発言を平気で口にされる方を見聞きする度に、近い将来、この楽曲に歌われている内容と同じような国になるのではないかと思ってしまう事があります。何時からこんな国になったのでしょうかね。
『みんな盛りあがって騒いでるし今日は死ぬ程に水を飲むんだ♪』

この聖野菜祭は、階層を越えた交流が出来るだけでなく、本物の水を飲む事が許されるそうです。私の住む県では昔から渇水の心配のある地方ですが、近い将来、人工水と言う言うものが作られてそれを飲むようになってしまうのでしょうかね。資源が枯渇すればそんな時代もやって来るのかと思うと恐ろしい気もしますが、限りある資源ですからそんな事もあるのかも知れませんね。
この楽曲のエンディングの途中で、「伝説上のものとされていたアメリカ大陸の遺跡が発見された」という臨時ニュースが流れるので、この楽曲は放送禁止に指定されていたようです。曲調が明るくほのぼの系なのですが、歌詞の内容は、かなりの皮肉が込められているように思います。さだまさしさんの『聖野菜祭(セント・ヴェジタブル・デイ) 』はこちらで少しだけですが試聴が出来ます。
『聖野菜祭(セント・ヴェジタブル・デイ) 』とは、さださんが考えられた架空の祝日で、舞台は遠い未来のとある国です。ここでは、地下資源が殆ど枯渇し、「お金」が無価値となり、その代わり生鮮食料品の貯蔵率が貧富の基準となっているようです。
『僕の故郷すてきな町第三階層 今日は年に一度の聖野菜祭♪」

この楽曲は1980(昭和55年)年10月10日に発売された、さだまさしさんのソロ5枚目のオリジナル・アルバム『印象派』に収録された楽曲で、作詞、作曲がさださんによる作品です。聖○×祭 と言うのは良く聞きますが、通常、 ○×の部分はキリスト教の聖人名が入る事が多いのですが、聖野菜祭 は、実在する記念日ではなくさださんの想像上の記念日の事を指します。
楽曲の内容は、地下資源が殆ど枯渇した未来の国の事を歌われているようです。上に引用させて頂いた歌詞に出て来る『第三階層』は『レベルスリー』と読ませていますが、第何階層まであるのかは判りませんが、ここでは個人の職業によって居住区が制限されていると言う設定になっていて、一年に一度の『聖野菜祭』だけは、階層を越えた交流が許可されていると言う設定です。
『僕の恋人が住んでいるのは第二階層 人は身分が違うっていうけれど♪』

現代の日本において、表だって身分の違いを言う事は少なくなりましたが、この未来の国では身分がはっきりと分けられていて、楽曲の主人公の男性の恋人は彼より身分が上であると言う設定になっているようです。『早く出世して偉くなって♪ 』と言うフレーズがある事から考えるとここでは身分は固定化されたものではなく、努力で上に上がる事も可能なようです。
今、考えるとこの時代に凄い楽曲を作られたものですよね。この当時は、単なる冗談、お遊びの楽曲だと思っていたのですが、近年、やれ、どちらが上だとか下だとか表立って差別発言を平気で口にされる方を見聞きする度に、近い将来、この楽曲に歌われている内容と同じような国になるのではないかと思ってしまう事があります。何時からこんな国になったのでしょうかね。
『みんな盛りあがって騒いでるし今日は死ぬ程に水を飲むんだ♪』

この聖野菜祭は、階層を越えた交流が出来るだけでなく、本物の水を飲む事が許されるそうです。私の住む県では昔から渇水の心配のある地方ですが、近い将来、人工水と言う言うものが作られてそれを飲むようになってしまうのでしょうかね。資源が枯渇すればそんな時代もやって来るのかと思うと恐ろしい気もしますが、限りある資源ですからそんな事もあるのかも知れませんね。
この楽曲のエンディングの途中で、「伝説上のものとされていたアメリカ大陸の遺跡が発見された」という臨時ニュースが流れるので、この楽曲は放送禁止に指定されていたようです。曲調が明るくほのぼの系なのですが、歌詞の内容は、かなりの皮肉が込められているように思います。さだまさしさんの『聖野菜祭(セント・ヴェジタブル・デイ) 』はこちらで少しだけですが試聴が出来ます。
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お昼前に少し雨が降ったので、期待したのですが、すぐ止み、却って暑く感じました。今夜は雨が降る予報ですが今の所降っていないようです。天気予報もここ一週間は期待できそうにありません。・・・
さて、今日は『広島平和記念日,広島原爆忌』ですので、さださんの『祈り 』を取り上げたいと思います。
『悲しい蒼さの広い大空を 小さな鳥が一羽海を目指してる♪』

この楽曲は1983(昭和58)年 11月30日に発売されたさださんのソロ8枚目のオリジナル・アルバム『風のおもかげ』の一番最後に収録された楽曲で作詞、作曲がさださんによる作品です。このアルバムが発売された年は、さださんがデビューされて10年目の年であったようです。
鳥の生態については詳しくないので判りませんが、空を飛ぶ小鳥を見ていると優雅そうにも見えますが、かなり、危険な生活なのかなと思う事があります。小鳥に限らず野生に生きる生き物達は、常に死と隣り合わせの生き方をしているのでしょうね。弱肉強食の世界は厳しいです。
『この街がかつて 燃え尽きたときに私たちは誓った 繰り返すまじと♪』

上に引用させて頂いた歌詞は、さださんの故郷の長崎に原爆が落とされた日の事を指されているのだと思います。戦争の反省から、戦後、一環して平和教育がなされて来た筈なのですが、ここ数年、この国は軍事国家になろうとしているのでは無いかと思う事がしばしばあります。
長引く閉塞感の為でしょうか?人が人の命を何とも思わず、簡単に殺人事件を起こしてしまうのを、見聞する度にこの国の将来を悲観してしまいます。現在は一見、平和なように見えますが、ある意味戦争状態と変らないのかも知れません。かく言う私も何も出来ていない訳ですが・・・
『私は 祈る以外に 知恵も力も 持たないけれど短い花の命を ♪』

上に引用させて頂いた歌詞にあるように、人間、自分で何とか出来ない事は祈るしかない訳ですが、日々の生活で手一杯で、何をする事も出来ない自分にジレンマを感じながら、何か少しでもと思い毎日を過ごしています。中には政治家になれば?と言われる方も居られますが、政治で変るなら変っていますよね
以前、行ったさださんのコンサートで、さださん自身が『歌い手風情に何が出来るか』と前置きをされながらも、現在を嘆かれて居られました。さださんほどの方が出来ないのなら私になどは何をする事も出来ないのかも知れません。さだまさしさんの『祈り 』はyoutubeで、そちらで歌われている動画を観る事が事が出来ます。
さて、今日は『広島平和記念日,広島原爆忌』ですので、さださんの『祈り 』を取り上げたいと思います。
『悲しい蒼さの広い大空を 小さな鳥が一羽海を目指してる♪』

この楽曲は1983(昭和58)年 11月30日に発売されたさださんのソロ8枚目のオリジナル・アルバム『風のおもかげ』の一番最後に収録された楽曲で作詞、作曲がさださんによる作品です。このアルバムが発売された年は、さださんがデビューされて10年目の年であったようです。
鳥の生態については詳しくないので判りませんが、空を飛ぶ小鳥を見ていると優雅そうにも見えますが、かなり、危険な生活なのかなと思う事があります。小鳥に限らず野生に生きる生き物達は、常に死と隣り合わせの生き方をしているのでしょうね。弱肉強食の世界は厳しいです。
『この街がかつて 燃え尽きたときに私たちは誓った 繰り返すまじと♪』

上に引用させて頂いた歌詞は、さださんの故郷の長崎に原爆が落とされた日の事を指されているのだと思います。戦争の反省から、戦後、一環して平和教育がなされて来た筈なのですが、ここ数年、この国は軍事国家になろうとしているのでは無いかと思う事がしばしばあります。
長引く閉塞感の為でしょうか?人が人の命を何とも思わず、簡単に殺人事件を起こしてしまうのを、見聞する度にこの国の将来を悲観してしまいます。現在は一見、平和なように見えますが、ある意味戦争状態と変らないのかも知れません。かく言う私も何も出来ていない訳ですが・・・
『私は 祈る以外に 知恵も力も 持たないけれど短い花の命を ♪』

上に引用させて頂いた歌詞にあるように、人間、自分で何とか出来ない事は祈るしかない訳ですが、日々の生活で手一杯で、何をする事も出来ない自分にジレンマを感じながら、何か少しでもと思い毎日を過ごしています。中には政治家になれば?と言われる方も居られますが、政治で変るなら変っていますよね
以前、行ったさださんのコンサートで、さださん自身が『歌い手風情に何が出来るか』と前置きをされながらも、現在を嘆かれて居られました。さださんほどの方が出来ないのなら私になどは何をする事も出来ないのかも知れません。さだまさしさんの『祈り 』はyoutubeで、そちらで歌われている動画を観る事が事が出来ます。
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