昼間は暑いのですが、朝晩冷え込む所為か、県内の小学校では休校になった所もあったようです。私も体調が優れないと言うか疲れがとれないので、これを書き終えたら早めに就寝するつもりです。さて、今日は 村下孝蔵さんの『明日あればこそ〜「ナナカマドの挽歌」を読んで〜』を取り上げたいと思います。
『たとえ今がとても 辛く悲しくても いつか必ずくる それだけの喜びが♪』

この楽曲、は1982(昭和57)年 4月21日に発売されたアルバム『夢の跡』に収録された楽曲です。副題にある『ナナカマドの挽歌』とは秋庭 ヤエ子.さんの書かれたノンフィクション小説のタイトルで、1979(昭和54)年に初版が、1994(平成6)年に復刻版が出版され、映画にもなったようです。1981(昭和56)年 には続編の『ナナカマドの挽歌(続)』が発売されたようです。タイトルの『明日あればこそ』は続編のサブタイトルと同じです。
人間生きていると、楽しい事ばかりある訳ではありませんよね。悲しい事、辛い事、色々あります。『禍福は糾える縄の如し』と言う表現もありますように、辛い事ばかりがずっと続く訳ではありませんから、上に引用させて頂いた歌詞にあるように、辛く悲しくても、その分喜びが来るでしょうから頑張らないといけないですよね。そうは言うものの、現実には、辛く悲しい時はなかなかそんな思考にはならないので、難しいですが・・・・
『形あるものみな いつか崩れてゆく愛は永遠に消えず 語りつがれるだろう♪』

村下孝蔵さんの公式サイトの中に『ここだけの話』と言うのがあり、この楽曲と『ナナカマドの挽歌』の因果関係が書かれています。この楽曲を聴いて、『ナナカマドの挽歌』の本を探したのですが、近くの書店では見つける事が出来ませんんでした。図書館か出版社に注文するしか方法はないのでしょうね。この本は、テレビドラマや映画にもなったようです。因みにナナカマドとはバラ科の木(落葉高木)で、こんな樹木らしいです。
上に引用させて頂きました歌詞にもあるように、形あるものは、何時かは壊れてしまいます。命あるものは、やがてはその天寿を全うする時がやってきますよね。それが判っているから、太古の昔から、不老不死や若返りの薬や術がお話として受け継がれているのかも知れないです。。考えてみるとと、死期がせまると、何処かにその姿を隠すと言われる動物たちの方が、本能的にその事を理解しているのかも知れないです。
『明日は明日のページ 朝日の中に輝け この生命燃やしつきるまでは♪』

その昔、中学だか、高校の授業か忘れてしまいましたが『エネルギー不変(滅)の法則』のと言うのを習った覚えがあります。人間の命も一種のエネルギーであるとすれば、それは消えてしまうものではなく、別のエネルギーに姿を変えてしまうのかも知れません。命あるものはその一日一日が、向こうの世界に行く為の旅だと思うことがあります。それまで、出来るだけ悔いの残らないように、頑張らないといけないのですよね。
私自身が毎日、張り詰めた気持ちで頑張っている訳ではありませんが、朝起きて、朝日を見る度に今日も生きていたと感じる事が多いです。でも、自分自身の未来云々より、頑張った者が報われない嫌な時代になったものだと、つくづく思う事があります。村下孝蔵さんの『明日あればこそ〜「ナナカマドの挽歌」を読んで〜 』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。youtubeではそちらから聴く事が出来ます
『たとえ今がとても 辛く悲しくても いつか必ずくる それだけの喜びが♪』

この楽曲、は1982(昭和57)年 4月21日に発売されたアルバム『夢の跡』に収録された楽曲です。副題にある『ナナカマドの挽歌』とは秋庭 ヤエ子.さんの書かれたノンフィクション小説のタイトルで、1979(昭和54)年に初版が、1994(平成6)年に復刻版が出版され、映画にもなったようです。1981(昭和56)年 には続編の『ナナカマドの挽歌(続)』が発売されたようです。タイトルの『明日あればこそ』は続編のサブタイトルと同じです。
人間生きていると、楽しい事ばかりある訳ではありませんよね。悲しい事、辛い事、色々あります。『禍福は糾える縄の如し』と言う表現もありますように、辛い事ばかりがずっと続く訳ではありませんから、上に引用させて頂いた歌詞にあるように、辛く悲しくても、その分喜びが来るでしょうから頑張らないといけないですよね。そうは言うものの、現実には、辛く悲しい時はなかなかそんな思考にはならないので、難しいですが・・・・
『形あるものみな いつか崩れてゆく愛は永遠に消えず 語りつがれるだろう♪』

村下孝蔵さんの公式サイトの中に『ここだけの話』と言うのがあり、この楽曲と『ナナカマドの挽歌』の因果関係が書かれています。この楽曲を聴いて、『ナナカマドの挽歌』の本を探したのですが、近くの書店では見つける事が出来ませんんでした。図書館か出版社に注文するしか方法はないのでしょうね。この本は、テレビドラマや映画にもなったようです。因みにナナカマドとはバラ科の木(落葉高木)で、こんな樹木らしいです。
上に引用させて頂きました歌詞にもあるように、形あるものは、何時かは壊れてしまいます。命あるものは、やがてはその天寿を全うする時がやってきますよね。それが判っているから、太古の昔から、不老不死や若返りの薬や術がお話として受け継がれているのかも知れないです。。考えてみるとと、死期がせまると、何処かにその姿を隠すと言われる動物たちの方が、本能的にその事を理解しているのかも知れないです。
『明日は明日のページ 朝日の中に輝け この生命燃やしつきるまでは♪』

その昔、中学だか、高校の授業か忘れてしまいましたが『エネルギー不変(滅)の法則』のと言うのを習った覚えがあります。人間の命も一種のエネルギーであるとすれば、それは消えてしまうものではなく、別のエネルギーに姿を変えてしまうのかも知れません。命あるものはその一日一日が、向こうの世界に行く為の旅だと思うことがあります。それまで、出来るだけ悔いの残らないように、頑張らないといけないのですよね。
私自身が毎日、張り詰めた気持ちで頑張っている訳ではありませんが、朝起きて、朝日を見る度に今日も生きていたと感じる事が多いです。でも、自分自身の未来云々より、頑張った者が報われない嫌な時代になったものだと、つくづく思う事があります。村下孝蔵さんの『明日あればこそ〜「ナナカマドの挽歌」を読んで〜 』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。youtubeではそちらから聴く事が出来ます
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今日は良いお天気の一日で暖かかったです。お亡くなりになられた方のお誕生日でと言うのもおかしいですが、今日はそんな気分ですので、村下孝蔵さんの『春雨』を取り上げたいと思います。
『心を編んだセーター渡すこともできず♪』

この楽曲は1981(昭和56)年 1月21日に発売された村下孝蔵さんのセカンド・シングルに収録された楽曲です。このシングルのB面は『歌人』と言う楽曲で両方とも作詞、作曲が村下孝蔵さんによる作品です。両方とも1981(昭和56)年 4月21日に発売されたアルバム『何処へ』にも収録されています。
手作りの品物は、作る方の思いが篭りますよね。それが特定個人に向けた品物なら尚更ですよね。私は頂いた事がないのですが、上に引用させて頂いた歌詞にあるように手編みのセ−タ−をプレゼントすると言うのはドラマや漫画の世界だけでなく現実にも良く見聞しましたが、最近はどうなのでしょうか。
『あの人を変えた都会(まち)全て憎みたいわ♪』

楽曲の内容は遠距離恋愛中の女性が、相手の男性の裏切りを知った時の心情を歌われたもののようです。物理的な距離が離れる事で心の距離まで離れてしまったと言う話はよく昔から聞きます。シビアな言い方かも知れませんがそれで心まで離れてしまう位なら愛情も大した事が無かったのかも知れないです。
上に引用させて頂いた歌詞からすると、主人公の女性は、男性が心変わりしたのが、男性が移り住んだ都会だと思われているようです。確かにそう言う面は否定できないかも知れませんが、個人的にはそれ位で心変わりするような男性なら別れて正解だったのではないでしょうかね。そういう方は繰り返しますから。
『春の雨に頬を濡らし涙を隠したいから♪』

古い芝居の台詞に『春雨じゃ濡れて参ろう 』と言うのがありますが、春先に降る雨は優しくて傘が無くても歩けそうな気がしますよね。上に引用させて頂いた歌詞やタイトルは、春を思わせるものなのですが、他の所に出て来るフレーズは冬を思わせるものがあるから季節の変わり目を歌われたのでしょうか。
楽曲の主人公の女性の気持ちは良く判りますが、春の雨が優しいからと言っても、涙が判らなくなるほど、雨で頬を濡らしていたら、隠したつもりでも傍目からみたら一目瞭然ですよね。村下孝蔵さんの『春雨』は、こちらから少しだけ試聴が出来ます。 youtubeではそちらから歌われている動画を観る事が出来ます。
『心を編んだセーター渡すこともできず♪』

この楽曲は1981(昭和56)年 1月21日に発売された村下孝蔵さんのセカンド・シングルに収録された楽曲です。このシングルのB面は『歌人』と言う楽曲で両方とも作詞、作曲が村下孝蔵さんによる作品です。両方とも1981(昭和56)年 4月21日に発売されたアルバム『何処へ』にも収録されています。
手作りの品物は、作る方の思いが篭りますよね。それが特定個人に向けた品物なら尚更ですよね。私は頂いた事がないのですが、上に引用させて頂いた歌詞にあるように手編みのセ−タ−をプレゼントすると言うのはドラマや漫画の世界だけでなく現実にも良く見聞しましたが、最近はどうなのでしょうか。
『あの人を変えた都会(まち)全て憎みたいわ♪』

楽曲の内容は遠距離恋愛中の女性が、相手の男性の裏切りを知った時の心情を歌われたもののようです。物理的な距離が離れる事で心の距離まで離れてしまったと言う話はよく昔から聞きます。シビアな言い方かも知れませんがそれで心まで離れてしまう位なら愛情も大した事が無かったのかも知れないです。
上に引用させて頂いた歌詞からすると、主人公の女性は、男性が心変わりしたのが、男性が移り住んだ都会だと思われているようです。確かにそう言う面は否定できないかも知れませんが、個人的にはそれ位で心変わりするような男性なら別れて正解だったのではないでしょうかね。そういう方は繰り返しますから。
『春の雨に頬を濡らし涙を隠したいから♪』

古い芝居の台詞に『春雨じゃ濡れて参ろう 』と言うのがありますが、春先に降る雨は優しくて傘が無くても歩けそうな気がしますよね。上に引用させて頂いた歌詞やタイトルは、春を思わせるものなのですが、他の所に出て来るフレーズは冬を思わせるものがあるから季節の変わり目を歌われたのでしょうか。
楽曲の主人公の女性の気持ちは良く判りますが、春の雨が優しいからと言っても、涙が判らなくなるほど、雨で頬を濡らしていたら、隠したつもりでも傍目からみたら一目瞭然ですよね。村下孝蔵さんの『春雨』は、こちらから少しだけ試聴が出来ます。 youtubeではそちらから歌われている動画を観る事が出来ます。
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今日もぽかぽかして過ごし易い一日でした。今日は「ニャン(2)ニャン(2)ニャン(2)」という猫の鳴き声の語呂合わせから『猫の日』だそうですので、今日は村下孝蔵さんの『ネコ』を取り上げたいと思います。
『いつも 僕は おまえのこと『ネコ』と呼び捨てにしていた♪』

この楽曲は、1988(昭和63)年10月21日に発売されたアルバム『恋文』に収録された楽曲で作詞、作曲も村下孝蔵さんによる作品です。昔から男性は狼に女性は猫に比喩される事が多かったように思うのですが、時代の流れなのでしょうか、そう言う比喩表現は余り聞かないような気がします。
楽曲の女性は特にネコに似て居られたのでしょうね。でも、上に引用させて頂いた歌詞少しおかしくないでしょうか?本物のネコを呼ぶ時に『ネコ』と呼ぶ方は少ないように思います。ネコに似ていたとしても、あだ名としてそのままネコと呼ぶのは捻りが足りないと思うのは私だけなのでしょうか。
『気が強そうに 見えてたけど 本当は臆病者さ♪ 』

昔から「イヌは人につき,ネコは家につく」と言いますが、本当の所はどうなのでしょうかね。引っ越した先まで飼い主を探して訪ね歩いた犬の話は昔から聞きますが、ネコがそうした行動を起こしたと言うのは余り、聞いた事がないので、そう言う所から言われているのでしょうか。
歌詞の大半は上に引用させてフレーズに代表されるようにネコ似の女性の生態?について歌われています。上に引用させて頂いた歌詞にあるような女性は確かに多いかも知れないですね。まぁ、それは女性に限った話ではなく、男性でもそう言う面は否定出来ませんよね
『ずぶぬれになり 瞳光らせ 何を探すの♪ 』

歌詞を読み返すと、上に引用させて頂いた部分が一番理解出来ない所なのですが、この女性は夜中に何を探して雨の中を歩かれていたのか不思議です。ひょっとすると、ネコ似の女性ではなく、女性に化けたネコだったのかも知れないですね。だとすると楽曲の趣旨が随分変ってしまいますね。
『ネコ』の語源は諸説あるようなのですが、大きく別けて『寝ることを好む』と『ネズミを好む』の二つを語源とする説が多いそうです。村下孝蔵さんの『ネコ』はあちらで少しだけ試聴が出来ます。こちらのサイト様ではMIDIを聴くことが出来ます。MySoundでは、瀬戸の島人様がコピーされています。
『いつも 僕は おまえのこと『ネコ』と呼び捨てにしていた♪』

この楽曲は、1988(昭和63)年10月21日に発売されたアルバム『恋文』に収録された楽曲で作詞、作曲も村下孝蔵さんによる作品です。昔から男性は狼に女性は猫に比喩される事が多かったように思うのですが、時代の流れなのでしょうか、そう言う比喩表現は余り聞かないような気がします。
楽曲の女性は特にネコに似て居られたのでしょうね。でも、上に引用させて頂いた歌詞少しおかしくないでしょうか?本物のネコを呼ぶ時に『ネコ』と呼ぶ方は少ないように思います。ネコに似ていたとしても、あだ名としてそのままネコと呼ぶのは捻りが足りないと思うのは私だけなのでしょうか。
『気が強そうに 見えてたけど 本当は臆病者さ♪ 』

昔から「イヌは人につき,ネコは家につく」と言いますが、本当の所はどうなのでしょうかね。引っ越した先まで飼い主を探して訪ね歩いた犬の話は昔から聞きますが、ネコがそうした行動を起こしたと言うのは余り、聞いた事がないので、そう言う所から言われているのでしょうか。
歌詞の大半は上に引用させてフレーズに代表されるようにネコ似の女性の生態?について歌われています。上に引用させて頂いた歌詞にあるような女性は確かに多いかも知れないですね。まぁ、それは女性に限った話ではなく、男性でもそう言う面は否定出来ませんよね
『ずぶぬれになり 瞳光らせ 何を探すの♪ 』

歌詞を読み返すと、上に引用させて頂いた部分が一番理解出来ない所なのですが、この女性は夜中に何を探して雨の中を歩かれていたのか不思議です。ひょっとすると、ネコ似の女性ではなく、女性に化けたネコだったのかも知れないですね。だとすると楽曲の趣旨が随分変ってしまいますね。
『ネコ』の語源は諸説あるようなのですが、大きく別けて『寝ることを好む』と『ネズミを好む』の二つを語源とする説が多いそうです。村下孝蔵さんの『ネコ』はあちらで少しだけ試聴が出来ます。こちらのサイト様ではMIDIを聴くことが出来ます。MySoundでは、瀬戸の島人様がコピーされています。
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今日も昼間は良いお天気でしたが、気温的には随分、冷え込むようになりました。寒い時には暖かいものをと言う事で、最近、缶コーヒーより缶汁粉を時々飲んでいたのですが、需要がないのか自販機から姿を消してしまいました・・・
暦の上では今日は『立冬』だそうです。これから寒い冬が来るのでしょうね。今日は以前の、楽天でも取り上げた記事を加筆、修正して村下孝蔵 さんの『冬物語』を取り上げたいと思います。
※注)今回も歌の内容を再現する画像が準備出来なかったので、ネットで拾って来た画像を加工して使わせて頂いております。不都合があれば削除しますので、お手数ですがご連絡頂ければ幸いです。
『時計台の影を踏みながら歩いた♪ 』

この楽曲は1983(昭和58)年 8月25日に発売された村下孝蔵さんの4枚目(自主製作盤の『それぞれの風』を入れると5枚目)のアルバム『初恋〜浅き夢みし〜』と、このアルバムと同日に発売された6枚目のシングル『踊り子』のB面に収録された楽曲です。
歌詞に『時計台』が出てくる事から考えて舞台は北海道の札幌なのでしょうかね。歌詞の内容からすると、同じ部屋に暮らしていたか、恋愛していた彼女が出て行ったか別れたのかまでは判りませんが、その女性の事を思いながら後悔している男性の気持ちを歌われたもののようです。
『それぞれの風が 胸を凍らせてく♪』

この歌の舞台になったと思われる北海道札幌市にある時計台は、北海道札幌市中央区北1条西2丁目にある建築物(重要文化財)で、正式名称が『旧札幌農学校演武場』と呼ばれるもので、この建物は1878(明治11)年 年10月16日 に演武場(武芸練習場・屋内体育館)として建設され、1881(明治14)年 に鐘楼に時計が設置されたそうです
やはり、冬物語と言えば札幌、サッポロと言えばビールですよね。因みにこのビールメ−カーさんの公式サイトによりますと、ビールーの『冬物語』が発売されて今年で20年目になるそうです。と言う事は1987(昭和62)年に発売されていますから、村下孝蔵さんの歌とは無関係のようです。
『掴みきれないもの それが夢なんだと♪』

楽曲のタイトルは『冬物語』ですが、楽曲の季節は秋のようです。冬が始まる頃の晩秋なのでしょうかね。でも、舞台が北海道だとしたら、何時頃になるのでしょうかね。東京より東に行った事がないので、東北、北海道は行きたい地域なのですが、なかなか機会に恵まれません。
実際に生活するとなると、厳しい冬の寒さに慣れていない私には厳しい環境なのでしょうが、一面に降り積もる雪は見に行きたいです。でも、旅行とかで行ったとしても移動とか大変なのでしょうね。村下孝蔵さんの『冬物語』はこちらで少しだけ試聴が出来ます。
暦の上では今日は『立冬』だそうです。これから寒い冬が来るのでしょうね。今日は以前の、楽天でも取り上げた記事を加筆、修正して村下孝蔵 さんの『冬物語』を取り上げたいと思います。
※注)今回も歌の内容を再現する画像が準備出来なかったので、ネットで拾って来た画像を加工して使わせて頂いております。不都合があれば削除しますので、お手数ですがご連絡頂ければ幸いです。
『時計台の影を踏みながら歩いた♪ 』

この楽曲は1983(昭和58)年 8月25日に発売された村下孝蔵さんの4枚目(自主製作盤の『それぞれの風』を入れると5枚目)のアルバム『初恋〜浅き夢みし〜』と、このアルバムと同日に発売された6枚目のシングル『踊り子』のB面に収録された楽曲です。
歌詞に『時計台』が出てくる事から考えて舞台は北海道の札幌なのでしょうかね。歌詞の内容からすると、同じ部屋に暮らしていたか、恋愛していた彼女が出て行ったか別れたのかまでは判りませんが、その女性の事を思いながら後悔している男性の気持ちを歌われたもののようです。
『それぞれの風が 胸を凍らせてく♪』

この歌の舞台になったと思われる北海道札幌市にある時計台は、北海道札幌市中央区北1条西2丁目にある建築物(重要文化財)で、正式名称が『旧札幌農学校演武場』と呼ばれるもので、この建物は1878(明治11)年 年10月16日 に演武場(武芸練習場・屋内体育館)として建設され、1881(明治14)年 に鐘楼に時計が設置されたそうです
やはり、冬物語と言えば札幌、サッポロと言えばビールですよね。因みにこのビールメ−カーさんの公式サイトによりますと、ビールーの『冬物語』が発売されて今年で20年目になるそうです。と言う事は1987(昭和62)年に発売されていますから、村下孝蔵さんの歌とは無関係のようです。
『掴みきれないもの それが夢なんだと♪』

楽曲のタイトルは『冬物語』ですが、楽曲の季節は秋のようです。冬が始まる頃の晩秋なのでしょうかね。でも、舞台が北海道だとしたら、何時頃になるのでしょうかね。東京より東に行った事がないので、東北、北海道は行きたい地域なのですが、なかなか機会に恵まれません。
実際に生活するとなると、厳しい冬の寒さに慣れていない私には厳しい環境なのでしょうが、一面に降り積もる雪は見に行きたいです。でも、旅行とかで行ったとしても移動とか大変なのでしょうね。村下孝蔵さんの『冬物語』はこちらで少しだけ試聴が出来ます。
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今日の最後はこちらも久し振りなのですが、村下孝蔵さんの『19の秋』で締めくくりたいと思います。
『ひと雨ごとに秋も深く 街はあざやか衣裳がえ♪』

この楽曲は1981(昭和56)年 4月21日に発売された公式には2枚目、自主製作盤 の『それぞれの風』を含めると3枚目のアルバム『何処へ』に収録された楽曲です。勿論、この楽曲は作詞、作曲が村下孝蔵さんによる作品です。丁度私が高校を卒業した年に発売されたアルバムになります。
楽曲の内容は、遠く故郷を離れ、一人暮らしをされている女性?が遠い故郷の事を思った内容のようです。歌詞の内容からすると彼女の故郷は少し寒い地方なのでしょうかね。イメージ的には東北とか、北海道方面をイメージするようなフレーズが書かかれているように思われます。
『今度の冬で この私も やっと大人の仲間入り♪』

成人式が冬に行われるからか、彼女の誕生日が冬なのかは判りませんが、年を越したら20歳を迎える19歳の秋をかみ締めているのでしょうね。私の場合は、学生でしたから二十歳=大人と言う実感は余りなかったのですが、中学や高校を卒業されて働かれている方は違っていたのかも知れません。
学生時代はアルバイトとかもしていましたが、働いていると言う意識は希薄だったように思えます。学生をしていても学校に来ず、アルバイトをフルにされていた方は逆に、学生と言う感覚が希薄だったように記憶しています。そう言う方の殆どは当然の事ながら単位がとれず中退される方が殆どでした。
『遠い遠い故里の遠い遠い空の下母の便りじゃ冬仕度 ♪』

私の母校では就職が決まっても、単位が足りなければ当然、卒業は出来ませんでした。それが普通なのでしょうが、当時、他大学の中には、就職が決まっていたら、単位は大目に見てくださる大学もあったようです。まぁ、それも噂だけなので真偽の程は不明ですが、それもどうなんだろと思ったものです。
成人式に関しては色々な意見がありますが、高校卒業者のうち約半数が上の学校に進学する時代ですし、、精神年齢か低下していると言われていますので成人式も考え直さないといけない時期に来ているのかも知れません。村下孝蔵さんの『19の秋』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。
何処へ / 村下孝蔵
『ひと雨ごとに秋も深く 街はあざやか衣裳がえ♪』

この楽曲は1981(昭和56)年 4月21日に発売された公式には2枚目、自主製作盤 の『それぞれの風』を含めると3枚目のアルバム『何処へ』に収録された楽曲です。勿論、この楽曲は作詞、作曲が村下孝蔵さんによる作品です。丁度私が高校を卒業した年に発売されたアルバムになります。
楽曲の内容は、遠く故郷を離れ、一人暮らしをされている女性?が遠い故郷の事を思った内容のようです。歌詞の内容からすると彼女の故郷は少し寒い地方なのでしょうかね。イメージ的には東北とか、北海道方面をイメージするようなフレーズが書かかれているように思われます。
『今度の冬で この私も やっと大人の仲間入り♪』

成人式が冬に行われるからか、彼女の誕生日が冬なのかは判りませんが、年を越したら20歳を迎える19歳の秋をかみ締めているのでしょうね。私の場合は、学生でしたから二十歳=大人と言う実感は余りなかったのですが、中学や高校を卒業されて働かれている方は違っていたのかも知れません。
学生時代はアルバイトとかもしていましたが、働いていると言う意識は希薄だったように思えます。学生をしていても学校に来ず、アルバイトをフルにされていた方は逆に、学生と言う感覚が希薄だったように記憶しています。そう言う方の殆どは当然の事ながら単位がとれず中退される方が殆どでした。
『遠い遠い故里の遠い遠い空の下母の便りじゃ冬仕度 ♪』

私の母校では就職が決まっても、単位が足りなければ当然、卒業は出来ませんでした。それが普通なのでしょうが、当時、他大学の中には、就職が決まっていたら、単位は大目に見てくださる大学もあったようです。まぁ、それも噂だけなので真偽の程は不明ですが、それもどうなんだろと思ったものです。
成人式に関しては色々な意見がありますが、高校卒業者のうち約半数が上の学校に進学する時代ですし、、精神年齢か低下していると言われていますので成人式も考え直さないといけない時期に来ているのかも知れません。村下孝蔵さんの『19の秋』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。
何処へ / 村下孝蔵









