温故知新~昨日があるから明日がある~
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昼間は比較的良いお天気だったのですが、夕方になると少し曇って来て、雨が降りそうな空になりました。経済も厳しいようで、政府も色々対策はとられてはいるのでしょうが、余り、役に立ちそうにない短期の雇用も増えているようです。

失業者の住宅確保へ

早く手を打たないと大変な事になりそうです。今日は渡辺真知子さんのお誕生日ですので『ブルー 』を取り上げたいと思います。
あなたは優しい目だけどとてもブルー凍りついてしまうほど♪

blue1.jpg


この楽曲は1978(昭和53)年 8月21日に発売された3枚目のシングルに収録された楽曲です。このシングルのカップリング曲は『光るメロディー 』と言う楽曲で両方とも作詞、作曲が 渡辺真知子さんによる作品です。この楽曲の収録されたシングルは、シングル・チャ-トで最高10位を獲得され、このシングルは33.3万枚を売り上げたようです。当時は、ラジオとかテレビで毎日のように渡辺さんの楽曲が流れていました

上に引用させて頂いた歌詞に『ブルー』と言う言葉があります。日常的に『憂鬱な様』を表現しますが、調べてみると、憂鬱になると青い魔物(blue devils)が見えるのとか、アメリカで奴隷制があったころ黒人達が月曜日が晴れ(青空)だと、働かなければならないが曇りだと休めるというところから青=憂鬱になったとか。また、blue devilsが縮んで、blues(ブルーズ)と呼ぶそうになったとか諸説あるようです。

あの娘の事は忘れて抱き寄せてだけどとてもブルー一度♪

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渡辺真知子さんは、1977(昭和52)年 11月1日に発売された『迷い道』でデビューされていますから、もうじき、32年になるのですね。当時、中学生だった私が、当時の私の父親より年上になる訳ですから、それを考えるだけでもブルーになってしまいそうです。そう考えると30年なんてあっと言う間なのでしょうね。勿論、生きて居ればの話ですが、今から30年後はどんな国になっているのでしょうかね。

上に引用させて頂いた歌詞に『あの娘の事は忘れて』と言うフレーズがありますが、歌詞を読み返してみると、相手の男性は別の女性に振られて、その代わりと言うのも変ですが、楽曲の主人公を呼び出したようです。私にはこのような経験は無いのですが、相手にとって失礼千万ですよね。そんな事を百も承知で、楽曲の主人公は会われて居る訳ですから、二重三重にブルーになってしまいそうです。


私の愛欲しくないのネ確かめたいけど一人になるのが恐い♪


blue3.jpg

実際の渡辺真知子さんにお会いした事もなければ、コンサートやライブすら行った事がないのですが、テレビとかラジオから感じるイメージは、明るくて元気でと言うイメージがありますが、書かれている歌詞の内容から考えると、本当は、とても繊細な方なのではないかと思います。人間ですから勿論、明るいばかりでは無いでしょうが、外から見える部分と内面とでは随分、ギャップがありそうです。

上に引用させて頂いた歌詞からすると、相手が別の女性に失恋した事も、その彼女の代わりに自分をしようとしている事も理解しているからこそ、確かめるのが恐いのでしょうね。相手がブルーなのもその辺りに原因があるような気がします。普通は、好きな相手と居て、ブルーになる事な全然無いとは言いませんが、少ないですよね。渡辺真知子さんの『ブルー 』はこちらから聞くことが出来ます。



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【2009/10/23 20:42】 | 渡辺真知子
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しのちゃん
どうもです。
私もそんなカンジが
します。
日々、ブルーな
気持ちになるばかり
です。
とやっぱり人間
見た目だけでは
わからないですよね。
でも一面だけを見て
こういう人間だと
決めつけられたくないなぁと
思いました。

Re: タイトルなし
oyakoala
しのちゃんさんどうもです。

> どうもです。
> 私もそんなカンジが
> します。
> 日々、ブルーな
> 気持ちになるばかり
> です。
> とやっぱり人間
> 見た目だけでは
> わからないですよね。
> でも一面だけを見て
> こういう人間だと
> 決めつけられたくないなぁと
> 思いました。

本来はそうなのですが、なかなか、現実は難しいですよね・・



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今日の最後は渡辺真知子さんの『季節の翳りに』で締めくくりたいと思います。



Ah 何時の間にか Ah 時は過ぎて Ah 季節はもう秋です♪

季節の翳りに1



この楽曲は1979(昭和54)年9月1日に発売された渡辺真知子さんの6枚目のシングルに収録された楽曲です。このシングルのB面は『口ンリー・レイル・ウェイ』と言う楽曲で、両面とも作詞が伊藤アキラさん、作曲 が渡辺真知子さんによる作品です。このシングルはシングルチャ-トで最高43位を獲得され、このシングルは2.8万枚を売り上げたようです。


楽曲の内容は別れた男性への未練心を歌ったもののようです。夏に終わりを迎えたのでしょうか。彼の行方が判らないようです。女性側は彼への思いがあるようですが、彼は彼女の前から姿を消したと言う事は、彼の心変わりだったのでしょうか。恋が終わったからと言っても、それまでの生活基盤もあったのに行方をくらますと言うのは余程の事だと思います。


Ah 花も何故か   Ah 顔を伏せて Ah 悲しそうに見えます♪

季節の翳りに2



楽曲のタイトルにある『翳り』とは辞書をひくと『1 太陽や月の光が雲などによって少し暗くなること。日が傾く。夕暮れになる、2 表情などの、どことなく影がさし、暗くなったような感じ。3 よくない兆候。「景気に―が出る」』等の意味があります。松任谷由実 さんの楽曲に『翳りゆく部屋 』と言うのがありますが同じ漢字を使われていますね。


どちらも1の意味で使われているのでしょうが、この楽曲は季節が翳るから夏から秋になり、陽射しが弱くなる様を表現されたのでしょうね。夕暮れ時も寂しいですが、秋は人恋しくなる季節ですよね。でも、秋は実りの秋、食欲の秋とも言いますから、必ずしも悪い事ばかりでは無い筈なのですが、歌の世界で秋は寂しい、悲しいと言うイメージが強いです。


そうね私の恋は 流れてちぎれ雲 小石蹴り蹴り帰る別れ道♪


季節の翳りに3



上に引用させて頂いた歌詞のように、昔は、人が頻繁に往来する道でも舗装されていない所は結構あり小石だけでなく結構大きな石も転がっていました。しかし、今では人が殆ど通らない道でも舗装され、綺麗になりましたが、自然環境とかを考えたらどうなのでしょうかね。未舗装の道に戻す事は今更難しいのでしょうが、他に方法とかないのでしょうかね。


これからもっと少子高齢化が進み、地方は特に過疎になって行くところが増えて行くと思われますが、そうなった時に人為的に作られたもののメンテナンスとかも侭ならなくなり、日本全国にゴースト・タウンが出現するのも時間の問題のように思われます。この国の翳りを案じずには居られません。渡辺真知子さんの『季節の翳りに』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。


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【2007/10/06 23:14】 | 渡辺真知子
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“翳り”
Gemini...
渡辺真知子さん、普段から声が大きくていい声をしていると、長年一緒にやっている船山基紀さんが、語っていたような気がします。
一度聴いたら忘れられない、そんな感じです。

“翳り”が題名に入る曲と言えば、太田裕美『青空の翳り』(作詞:来生えつ子 作曲:浜田金吾 編曲:大村雅朗)と言う曲もありますね。

Re:“翳り”
親こあら
Geminiさんどうもです。

>渡辺真知子さん、普段から声が大きくていい声をしていると、長年一緒にやっている船山基紀さんが、語っていたような気がします。
一度聴いたら忘れられない、そんな感じです。

お会いした事はありませんが、テレビとかでお話されている姿をお見掛けしてもそんな印象がありますよね。


>“翳り”が題名に入る曲と言えば、太田裕美『青空の翳り』(作詞:来生えつ子 作曲:浜田金吾 編曲:大村雅朗)と言う曲もありますね。

確かにその楽曲もありましたね。^^


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今日は曇りの一日でした。雨は嫌いですが、この時期にしっかり降って頂かないと困った事になりそうです。さて、6月2日にピアニストで作曲家の羽田健太郎さんがお亡くなりになられたそうです。何だか訃報が続きますね・・

羽田健太郎さんのご冥福を祈り、羽田健太郎さんが演奏に参加された渡辺真知子さんの『迷い道 』を今日は取り上げたいと思います。

******************

《お詫びと訂正》

この記事を書いた時、私の勘違いから『羽田健太郎さんがプロデュースされた』と表記したのですが、はつこ様と言う方から間違いの指摘を頂き『演奏に参加された』と訂正させて頂きました。私の勘違いから誤った表記をし、誤解を与えてしまいました。申し訳けありませんでした。

*********************


迷い道






現在過去未来 あの人に逢ったなら私はいつまでも待ってると 誰か伝えて♪

迷い道1



この楽曲は1977(昭和52)年11月1日に発売された渡辺真知子さんのデビューシングルに収録された楽曲です。このシングルのB面は『愛情パズル』と言う楽曲で、両面とも作詞、作曲が渡辺真知子さんによる作品です。このシングルはシングル・チャートで最高3位を獲得され、このシングルは61.3万位を売り上げたようです。 


渡辺真知子さんはこの楽曲の後も『かもめが翔んだ日』、『ブルー』等々ヒット曲を飛ばし、1978(昭和53)年12月31日にNHKホールで行われた第29回NHK紅白歌合戦に初出場を果たされ、セカンド・シングルの『かもめが翔んだ日』で第20回日本レコード大賞において最優秀新人賞を受賞されております。


今さらカードに 愛の奇跡求めていかさま占いは続く スペードをハートに♪

迷い道2



お亡くなりになられた羽田健太郎さんは、渡辺真知子さんの最初のバンドマスターでもあり、渡辺真知子さんの殆どの楽曲のピアノ演奏をされていました。この『迷い道』のシングルの演奏も当然羽田健太郎さんがされていました。当時のラジオでのライブで、渡辺真知子さんは羽田健太郎さんを『羽健(ハネケン)こと羽田健太郎さんです』とご紹介されていたのを覚えています。


羽田健太郎さんは渡辺真知子さんだけでなく、テレビアニメやドラマ、映画、CM等の音楽を担当されたり、作曲をされたりもされていたようです。羽田健太郎さんは元々クラシック出身の方なのですが、クラシック出身でこれだけ多方面にご活躍をされた方と言うのも少ないのではないでしょうかね。


ひとつ曲り角 ひとつまちがえて 迷い道くねくね♪


迷い道3



それにしても58歳・・早すぎる旅立ちですね。お亡くなりになられた原因が肝細胞がんのようだったのですが、年齢が若く癌に罹ってしまうと、短期間にお亡くなりになられる方が多いようです。随分昔の話になるのですが、以前の職場の関係者の方も癌が原因で40代半ばでお亡くなりになられました。


改めて羽田健太郎さんのご冥福を祈らせて頂きたいと思います。・・・渡辺真知子さんの『迷い道』はこちらから少しだけですが試聴が出来ます。 youtubeでは、第29回NHK紅白歌合戦の時と思われる動画を観る事が出来ますそちらでは『SWEET MEMORIES』を歌われる松田聖子さんのピアノ伴奏をされている羽田健太郎さんを観る事が出来ます。 


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【2007/06/05 20:23】 | 渡辺真知子
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うる3世
こんばんは^^

この歌は、羽田健太郎さんのプロデュースだったんですか。
知りませんでした。
小生は、こんなことはつゆ知らず、取り上げておりました。
何かの導きやったのかもしれません。

訃報が続きますね。若すぎる・・・
かなりお酒がお好きだったようで。それが、一因やったのかどうかは、わかりませんが、なんでも「程々」がいいのでしょう。
でも「程々」っていうのは、なかなか難しい。

ご冥福をお祈りいたします。



親こあら
うる3世さん今晩は!!

>この歌は、羽田健太郎さんのプロデュースだったんですか。
知りませんでした。

この楽曲だけでなく、初期作品の殆どがそうみたいです。

>小生は、こんなことはつゆ知らず、取り上げておりました。
何かの導きやったのかもしれません。

そうかも知れませんね・・・

>訃報が続きますね。若すぎる・・・
かなりお酒がお好きだったようで。それが、一因やったのかどうかは、わかりませんが、なんでも「程々」がいいのでしょう。
でも「程々」っていうのは、なかなか難しい。
ご冥福をお祈りいたします。

肝細胞がんのようですから・・飲みすぎも原因の一つでしょうね・・
ほとどほど難しいです・・・





しのちゃん
親こあらさんおはようございます(^-^)。
この曲をプロデュースされたのは羽田健太郎さんだったんですかぁ。
私も初めて知りました~。
そういえば毎週日曜日の朝に放送されている「題名のない音楽会」にもよく出演されたそうですね。
といつも聴いているラジオ番組でおっしゃっておりました。
イメージとしてはクラシック系しかないんですけども…幅広く活動をしておられたんですね。


親こあら
しのぶさん今晩は!!

>この曲をプロデュースされたのは羽田健太郎さんだったんですかぁ。
私も初めて知りました~。

ピアノ伴奏をされていたのは存じていましたが、プロデュースさていたのは私も初めて知りました。^^

>そういえば毎週日曜日の朝に放送されている「題名のない音楽会」にもよく出演されたそうですね。
といつも聴いているラジオ番組でおっしゃっておりました。
イメージとしてはクラシック系しかないんですけども…幅広く活動をしておられたんですね。

そうですね。縁の下の力持ちのようなお仕事が多かったようですから、表面的にはクラッシックのイメージ強いですよね。


おはつです
はつこ
はじめまして!マチコファン歴30年のは「はつこ」でございます。チョコッと訂正して下さいませ。ハネケンさんはマチコさんの迷い道のプロデュースはされておりませんよー。ミュージシャンとして演奏に参加されていますが、プロデュースはしておりません。勿論、船山基紀氏のあの名アレンジもハネケン氏の演奏力があってこそ具体化出来たのは間違いない!ですね。あの「迷い道」の印象的なピアノのイントロは真知子さんが「こんなふうな感じで・・」と口にしたイメージをハネケンさんがピアノで弾いたと聞いた記憶があります。定かではありませんが、あのイントロ部分に関しては船山氏の書き譜ではなくハネケンさんのアイディアかもしれませんね。

Re:おはつです
親こあら
はつこさん今晩は!初めまして!!

>はじめまして!マチコファン歴30年のは「はつこ」でございます。チョコッと訂正して下さいませ。ハネケンさんはマチコさんの迷い道のプロデュースはされておりませんよー。ミュージシャンとして演奏に参加されていますが、プロデュースはしておりません。勿論、船山基紀氏のあの名アレンジもハネケン氏の演奏力があってこそ具体化出来たのは間違いない!ですね。

確かにWikipediaによると『初期は船山基紀が、一手に引き受けた。』と書かれていますので、私の勘違いのようです。後ほど訂正させて頂きます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E7%9C%9F%E7%9F%A5%E5%AD%90


>あの「迷い道」の印象的なピアノのイントロは真知子さんが「こんなふうな感じで・・」と口にしたイメージをハネケンさんがピアノで弾いたと聞いた記憶があります。定かではありませんが、あのイントロ部分に関しては船山氏の書き譜ではなくハネケンさんのアイディアかもしれませんね。

そうでしたか^^情報有難う御座います。

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