午前中は雨が降ったものの、昼からは晴れましたが、思った程は暑くなかったような気がします。今日は、藤圭子さんの『 圭子の夢は夜ひらく 』を取り上げたいと思います。
『十五 十六 十七と 私の人生 暗かった♪』

この楽曲は、1970(昭和45)年 4月25日に発売されたシングルに収録された楽曲で、作詞が石坂まさをさん、作曲が曽根幸明さんによる作品です。このシングルのB面は『東京流れもの 』と言う楽曲でこちらは作詞が石坂まさを さん、作曲が不詳だったようです。このシングルはシングル・チャ−トで最高1位を獲得され、このシングルは 76.5 万枚を売り上げたようです。このヒットで藤圭子さんは、 第1回日本歌謡大賞を受賞され、第21回NHK紅白歌合戦に初出場を果たされたようです。
この楽曲を歌われた藤圭子さんは、 浪曲歌手の父、三味線瞽女の母の門付に同行され幼い頃から、旅回りの生活をされていたそうです。それだけではなく、ご自身でも歌われていて、17歳の時にさっぽろ雪まつりのステージで歌う姿が、レコード会社の関係者の目に留まり上京され、、歌手デビューされたようです。上に引用させて頂いた歌詞に出て来るフレーズは、歌手でビューされるまでの事を、作詞家の先生が歌詞にされたのかも知れません。両親の仕事柄とは言え、苦労されたのでしょうね。
『夜咲くネオンは 嘘の花夜飛ぶ蝶々も 嘘の花♪』

この楽曲は、1966(昭和41)年に発売された園まりさんの『夢は夜ひらく 』のカバ−なのですが、歌詞は全然違う内容です。原曲は練馬少年鑑別所で歌われていた曲を曾根幸明さんが採譜・補作したもので、歌詞の異なる様々なバージョンがあり、沢山のアーティストの方によって歌われているようです。練馬少年鑑別所で歌われていた楽曲をどう言う経路で採譜されたの不思議だったのですが、真偽の程は確かではありませんが、作曲をされた曽根幸明さんは、練馬少年鑑別所に入所されていたようです。
歌詞全体を読んでみると、夜のご職業に就かれている方が主人公のようにも取れるのですが、昔は演歌系の歌手の方は、飲み屋さんを回って歌われていたと聞いた事がありますので、上に引用させて頂いた歌詞はそんな事を歌われたものかも知れませんね。確かに、一部の種類の花を除き、本当の花は夜は閉じている訳ですから、ネオンの花が嘘の花と言うのは理解できるのですが、蝶は花ではありませんし、夜、飛ぶのは蝶ではなく蛾ですよね。もっとも外国では区別が曖昧なようです。
『忘れられない奴ばかり 夢は夜ひらく 夢は夜ひらく♪』

楽曲のタイトルが『夢は夜ひらく』ですから、園まり さんの『夢は夜ひらく 』にも、このフレーズが使われているのですが、共通していると言う事は、元々、練馬少年鑑別所で歌われていた楽曲もそんなタイトルや歌詞が含まれていたのでしょうかね。これだけ話題になった楽曲ですから、原曲が何処かに残っていると思うのですが、私が探した範囲では見つける事が出来ませんでした。鑑別所内の辛い生活を歌われていたのかも知れません。ご存知の方が居られましたら。お教え頂けると有り難いです。
補作したとは言え、原曲がある場合、作曲者を名乗っても良いものなのか疑問だし、歌詞にしても、厳密に言えば、これって替え歌ですよね。同一性保護権の観点から言えば違法になると思うのですが、著作権が煩くなかった時代だったから問題ないのでしょうか?法律が云々とかと言う話は余りしたくないのですが、現代は余りにも厳し過ぎるような気がします。藤圭子 さんの『圭子の夢は夜ひらく 』は、こちら の方で少しだけ試聴が出来ます。youtubeでは、そちらで歌われている動画を観る事が出来ます。
藤圭子 伝説の名曲
『十五 十六 十七と 私の人生 暗かった♪』

この楽曲は、1970(昭和45)年 4月25日に発売されたシングルに収録された楽曲で、作詞が石坂まさをさん、作曲が曽根幸明さんによる作品です。このシングルのB面は『東京流れもの 』と言う楽曲でこちらは作詞が石坂まさを さん、作曲が不詳だったようです。このシングルはシングル・チャ−トで最高1位を獲得され、このシングルは 76.5 万枚を売り上げたようです。このヒットで藤圭子さんは、 第1回日本歌謡大賞を受賞され、第21回NHK紅白歌合戦に初出場を果たされたようです。
この楽曲を歌われた藤圭子さんは、 浪曲歌手の父、三味線瞽女の母の門付に同行され幼い頃から、旅回りの生活をされていたそうです。それだけではなく、ご自身でも歌われていて、17歳の時にさっぽろ雪まつりのステージで歌う姿が、レコード会社の関係者の目に留まり上京され、、歌手デビューされたようです。上に引用させて頂いた歌詞に出て来るフレーズは、歌手でビューされるまでの事を、作詞家の先生が歌詞にされたのかも知れません。両親の仕事柄とは言え、苦労されたのでしょうね。
『夜咲くネオンは 嘘の花夜飛ぶ蝶々も 嘘の花♪』

この楽曲は、1966(昭和41)年に発売された園まりさんの『夢は夜ひらく 』のカバ−なのですが、歌詞は全然違う内容です。原曲は練馬少年鑑別所で歌われていた曲を曾根幸明さんが採譜・補作したもので、歌詞の異なる様々なバージョンがあり、沢山のアーティストの方によって歌われているようです。練馬少年鑑別所で歌われていた楽曲をどう言う経路で採譜されたの不思議だったのですが、真偽の程は確かではありませんが、作曲をされた曽根幸明さんは、練馬少年鑑別所に入所されていたようです。
歌詞全体を読んでみると、夜のご職業に就かれている方が主人公のようにも取れるのですが、昔は演歌系の歌手の方は、飲み屋さんを回って歌われていたと聞いた事がありますので、上に引用させて頂いた歌詞はそんな事を歌われたものかも知れませんね。確かに、一部の種類の花を除き、本当の花は夜は閉じている訳ですから、ネオンの花が嘘の花と言うのは理解できるのですが、蝶は花ではありませんし、夜、飛ぶのは蝶ではなく蛾ですよね。もっとも外国では区別が曖昧なようです。
『忘れられない奴ばかり 夢は夜ひらく 夢は夜ひらく♪』

楽曲のタイトルが『夢は夜ひらく』ですから、園まり さんの『夢は夜ひらく 』にも、このフレーズが使われているのですが、共通していると言う事は、元々、練馬少年鑑別所で歌われていた楽曲もそんなタイトルや歌詞が含まれていたのでしょうかね。これだけ話題になった楽曲ですから、原曲が何処かに残っていると思うのですが、私が探した範囲では見つける事が出来ませんでした。鑑別所内の辛い生活を歌われていたのかも知れません。ご存知の方が居られましたら。お教え頂けると有り難いです。
補作したとは言え、原曲がある場合、作曲者を名乗っても良いものなのか疑問だし、歌詞にしても、厳密に言えば、これって替え歌ですよね。同一性保護権の観点から言えば違法になると思うのですが、著作権が煩くなかった時代だったから問題ないのでしょうか?法律が云々とかと言う話は余りしたくないのですが、現代は余りにも厳し過ぎるような気がします。藤圭子 さんの『圭子の夢は夜ひらく 』は、こちら の方で少しだけ試聴が出来ます。youtubeでは、そちらで歌われている動画を観る事が出来ます。
藤圭子 伝説の名曲


