温故知新~昨日があるから明日がある~
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

kinmokusei.jpg

上の画像は、近所の御宅の金木犀です。我が家にも嘗て金木犀あったのですが、場所が悪かったのか枯れてしまいました。さて、今日は清水国明さんのお誕生日ですので、あのねのね プラス1(河島英五
の『青春旅情』を取り上げたいと思います。

汽車に揺られて一日の幾らかを過ごす毎日が続いています♪

seisyunryojyou1.jpg


この楽曲は1975(昭和50)年8月10日に発売されたシングルに収録された楽曲で作詞、作曲が河島英五さんによる作品です。このシングルのB面は『泣かないで 』と言う楽曲でこちらは作詞が清水国明さん、作曲が原田 伸郎さんによる作品です。この楽曲は後に河島英五さんも セルフカバーされていますが、あのねのねバ-ジョンは最初に台詞が入っています。


上に引用させて頂いた歌詞には『汽車』と言う言葉が出てきます。現在でもイベント的に走る事はありますが、実用的になくなりかけていた時代だったように思います。蒸気機関車はなくても地方ではディーゼル機関車と呼ばれる列車は健全な時代で、私も高校の時はディーゼル機関車で通学していました。時代背景から考えるとまだまだのんびりした時代でしたよね。


北から南へ東へ西へあちこちの街の人と人との心と心を♪

seisyunryojyou2.jpg

あのねのねは結成当初は4人で、メジャーデビューされる前は笑福亭鶴瓶さんとその後鶴瓶の妻になる女性が居られたと言うのは割りと有名な話ですが、河島英五さんがあのねのねのバックバンドのメンバーだった言うのは初めて知りました。河島英五さんのファーストアルバム『人類』が発売されたのが1975(昭和50)年6月ですから、この楽曲が出た時はソロ活動をされていたのでしょうね


この楽曲が発売された年、この楽曲を作られた河島英五さんは23歳だったようです。国内を旅行するのに制限はありませんでしたが、交通も便利では無かったでしょうから、旅をするのも簡単ではなかったように思います。それでも現在のように人間関係が希薄ではなかったでしょうから、上の引用させて頂いた歌詞にあるように見知らぬ街でも心の触れ合いが多かったのかも知れませんね。


雨の日も風の日も揺れる汽車の中で思い出と見知らぬ夢♪

seisyunryojyou3.jpg

私が大学生の頃でも、旅行好きの方は周りに居られて貧乏旅をされていました。旅と言うのは憧れではありましたが、私自身はバイトやクラブ活動に感けて自らの足で旅に出る事もしませんでした。確かに多忙な日々を送っていたのは間違いなかったと思うのですが、今、考えると時間を自由に使えた時期は無かったと思いますので、もっと色々な所へ行っておけば良かったと思う今日この頃です。

上に引用させて頂いた歌詞もそうですが、一人旅のイメージですよね。あのねのねはお二人だし、河島さんのイメ-ジが強いし、あのねのねのお二人の声質に合わないような気がします。あのねのねと言うとどうしてもコミック路線の歌がイメージとしてあるから尚更ギャップをかんじるのでしょうか? あのねのね プラス1(河島英五)の『青春旅情 』はこちらから、河島英五さんのはそちらから聴く事が出来ます。


あのねのね 名選集あのねのね 名選集
(2009/03/25)
あのねのね

商品詳細を見る


追記を閉じる▲

汽車に揺られて一日の幾らかを過ごす毎日が続いています♪

seisyunryojyou1.jpg


この楽曲は1975(昭和50)年8月10日に発売されたシングルに収録された楽曲で作詞、作曲が河島英五さんによる作品です。このシングルのB面は『泣かないで 』と言う楽曲でこちらは作詞が清水国明さん、作曲が原田 伸郎さんによる作品です。この楽曲は後に河島英五さんも セルフカバーされていますが、あのねのねバ-ジョンは最初に台詞が入っています。


上に引用させて頂いた歌詞には『汽車』と言う言葉が出てきます。現在でもイベント的に走る事はありますが、実用的になくなりかけていた時代だったように思います。蒸気機関車はなくても地方ではディーゼル機関車と呼ばれる列車は健全な時代で、私も高校の時はディーゼル機関車で通学していました。時代背景から考えるとまだまだのんびりした時代でしたよね。


北から南へ東へ西へあちこちの街の人と人との心と心を♪

seisyunryojyou2.jpg

あのねのねは結成当初は4人で、メジャーデビューされる前は笑福亭鶴瓶さんとその後鶴瓶の妻になる女性が居られたと言うのは割りと有名な話ですが、河島英五さんがあのねのねのバックバンドのメンバーだった言うのは初めて知りました。河島英五さんのファーストアルバム『人類』が発売されたのが1975(昭和50)年6月ですから、この楽曲が出た時はソロ活動をされていたのでしょうね


この楽曲が発売された年、この楽曲を作られた河島英五さんは23歳だったようです。国内を旅行するのに制限はありませんでしたが、交通も便利では無かったでしょうから、旅をするのも簡単ではなかったように思います。それでも現在のように人間関係が希薄ではなかったでしょうから、上の引用させて頂いた歌詞にあるように見知らぬ街でも心の触れ合いが多かったのかも知れませんね。


雨の日も風の日も揺れる汽車の中で思い出と見知らぬ夢♪

seisyunryojyou3.jpg

私が大学生の頃でも、旅行好きの方は周りに居られて貧乏旅をされていました。旅と言うのは憧れではありましたが、私自身はバイトやクラブ活動に感けて自らの足で旅に出る事もしませんでした。確かに多忙な日々を送っていたのは間違いなかったと思うのですが、今、考えると時間を自由に使えた時期は無かったと思いますので、もっと色々な所へ行っておけば良かったと思う今日この頃です。

上に引用させて頂いた歌詞もそうですが、一人旅のイメージですよね。あのねのねはお二人だし、河島さんのイメ-ジが強いし、あのねのねのお二人の声質に合わないような気がします。あのねのねと言うとどうしてもコミック路線の歌がイメージとしてあるから尚更ギャップをかんじるのでしょうか? あのねのね プラス1(河島英五)の『青春旅情 』はこちらから、河島英五さんのはそちらから聴く事が出来ます。


あのねのね 名選集あのねのね 名選集
(2009/03/25)
あのねのね

商品詳細を見る

FC2blog テーマ:懐かしのフォ-クソング - ジャンル:音楽

【2009/10/16 20:31】 | あのねのね
トラックバック(0) |


しのちゃん
どうもで~す(^O^)
(ノ゜O゜)ノしましたぁ。
こういうつながりが
あったとは…。
って初めて知りました。
って当たり前ですね(^-^;)
今でいう
コラボみたいなカンジで
解釈しても良いのかなぁと…。

Re: タイトルなし
oyakoala
しのちゃんさんどうもです。

> どうもで~す(^O^)
> (ノ゜O゜)ノしましたぁ。
> こういうつながりが
> あったとは…。
> って初めて知りました。
> って当たり前ですね(^-^;)
> 今でいう
> コラボみたいなカンジで
> 解釈しても良いのかなぁと…。

本当に意外な繋がりですよね。ビックリです。


コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
どうもで~す(^O^)
(ノ゜O゜)ノしましたぁ。
こういうつながりが
あったとは…。
って初めて知りました。
って当たり前ですね(^-^;)
今でいう
コラボみたいなカンジで
解釈しても良いのかなぁと…。
2009/10/16(Fri) 21:23 | URL  | しのちゃん #-[ 編集]
Re: タイトルなし
しのちゃんさんどうもです。

> どうもで~す(^O^)
> (ノ゜O゜)ノしましたぁ。
> こういうつながりが
> あったとは…。
> って初めて知りました。
> って当たり前ですね(^-^;)
> 今でいう
> コラボみたいなカンジで
> 解釈しても良いのかなぁと…。

本当に意外な繋がりですよね。ビックリです。
2009/10/16(Fri) 21:30 | URL  | oyakoala #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。